立花です。
これから、数回に亘って、クレームの文言に関する考察を実務ネタとして公開していきます。
第1回は近似的文言の解釈です。
「約」「付近」等の近似的文言がクレームに記載の数値に付されていたら、技術的範囲はどのように解釈されるのでしょうか?
この点については、「燻し瓦の製造法」事件(平成6年(オ)2378最高裁判決)で、判示されています。
本件特許発明のクレームは、以下の通りであり、窯温度がポイントです。
「LPガスを燃焼させるバーナーと、該バーナーにおいて発生するガス焔を窯内に吹き込むバーナーとを設けた単独型ガス燃焼窯の、バーナー口を適宜に密封できるようにすると共に、該燃焼窯の煙突口の排気量を適時に最小限に絞り又は全く閉鎖する絞り弁を設け、さらに前記LPガスを未燃焼状態で窯内に供給する供給ノズルをバーナー以外に設け、前記単独型ガス燃焼窯の窯内に瓦素地を装てんし、バーナー口及び煙突口を解放してバーナーからLPガス焔を窯内に吹き込み、その酸化焔熱により瓦素地を焼成し、続いてバーナー口及び煙突口を閉じて外気の窯内進入を遮断し、前記のバーナー口以外の供給ノズルから未燃焼のLPガスを窯内に送って充満させ、1000℃~900℃付近の窯温度と焼成瓦素地の触媒的作用により前記の未燃焼LPガスを熱分解し、その分解によって単離される炭素を転移した黒鉛を瓦素地表面に沈着することを特徴とする単独型ガス燃焼窯による燻し瓦の製造法。」
一方、被上告人の製法は、本件特許発明と同様にLPガスを充満させて燻化させる方法ですが、被上告人の方法では、窯内温度を以下のように設定していました。
被上告人Eの製造方法の窯内温度:
燻化開始時の窯内温度880℃、燻化終了時の窯内温度850℃
被上告人Gの製造方法の窯内温度:
燻化開始時の窯内温度890℃、燻化終了時の窯内温度860℃
以上のような状況で、争点は、「被上告人EとGの製造時の窯内温度が、本件特許発明の1000℃~900℃付近に該当するか否か?」ということでした。
原審である名古屋高裁は、以下のように、発明の作用効果を参酌することなく、燻化温度が1000~900℃であることを理由に、「付近」の意義はその温度の幅(100℃)よりもかなり狭い範囲を指すと認定しました。
「『付近』の意味する幅が問題となるが、特許請求の範囲及び発明の詳細な説明のいずれにも、右「付近」の幅を判断するについて参酌すべき内容はない。特許請求の範囲に記載された右燻化時の窯内温度は、特許発明の技術的範囲を画する要件であり、燻化温度について摂氏一〇〇〇度ないし摂氏九〇〇度「付近」という摂氏一〇〇度程度の幅を設けているから、「付近」の意義は摂氏一〇〇度よりもかなり狭い幅を指すことは明らかである。したがって、被上告人Eらの実施する燻し瓦の製造方法は、本件発明の特許請求の範囲にいう燻化時の窯内温度を充足するものではない。」
これに対して、最高裁は、以下のように、「付近」の意味する幅は、窯内温度の作用効果を参酌して判断すべきことを示し、原審に差し戻すと判決しました。
「本件発明の特許請求の範囲にいう摂氏1000℃ないし摂氏900℃『付近』の窯内温度という構成における『付近』の意義については、本件特許出願時において、右作用効果(注:黒鉛の表面沈着によって生じる燻し瓦の着色効果)を生ずるのに適した窯内温度に関する当業者の認識及び技術水準を参酌してこれを解釈することが必要である。」
「原審は、前記の通り、本件発明は窯内温度が1000℃付近で燻化を開始し、900℃付近で燻化を終了するものであるとか、『付近』の意味する幅は100℃よりもかなり少ない数値を指すというが、窯内温度の作用効果を参酌することなしに、甲及び乙の窯内温度は特許請求の範囲の燻化温度を充足しないと判断したから、特許法70条の解釈を誤った違法があるというべきである。」
最高裁は、「付近」と言う文言の解釈の規範として、作用効果を参酌することを要求しています。つまり、「付近」という文言が付されることでクレームの数値が作用効果を奏する範囲まで広がることを示唆したと考えられます。
本件は、名古屋高裁に差し戻され、事実問題として、作用効果を参酌した技術的範囲の解釈がなされる予定でしたが、残念ながら、取り下げられました。
しかし、近似的な文言が付された数値は、作用効果を参酌した上で、一定の広がりをもつということは最高裁で確認されました。これは、近似的文言を付することで、均等に頼らずに、技術的範囲を広げることができることを意味しています。したがいまして、近似的文言を数値に付すことは、技術的範囲を広げる意味で非常に大きい意義を有すると思われます。但し、「約」「付近」等の文言は、審査段階ではかなりの確率で記載不備の拒絶理由をもらいますので、注意が必要です。
立花顕治