2012年5月28日月曜日
クレームの文言についての考察 第2回
立花です。
第2回は、「近傍」という文言の解釈です。
「近傍」という文言はクレームで使ってしまいがちな文言ですが、特許法第36条第6項第2号の明確性の観点からは、どのように取り扱われるのでしょうか?
この点については、「溶剤等の攪拌・脱泡方法とその装置」事件(知財高裁、平成21年(行ケ)10329号、平成22年7月28日)で判示されています。
この事件は、無効審判の審決取消訴訟であり、「近傍」という文言の明確性が争点の1つとなっていました。
問題となったクレームは、以下の通りです。
「【請求項2】
溶剤等を収納する容器と,該容器の上端部が公転中心側に向かって傾くようにして該容器を端側にて支持するアーム体と,伝達手段を介して容器及びアーム体を回転するための駆動源とを備えた溶剤等の攪拌・脱泡装置において,装置本体には,少なくとも容器内を真空状態にするための真空手段と,容器に収納された溶剤等の温度を検知すべく,容器の上端部の近傍に設けられる検知手段とが設けられていることを特徴とする溶剤等の撹拌・脱泡装置。」
(下線は当方で記載)
クレームには、上記のように「近傍」という文言が用いられていますが、明細書にはその定義は記載されていません。明細書には以下のように記載されているのみです。
「前記真空チャンバー6内で容器5の近傍には,容器5内に収納された溶剤の温度を検知する温度検知手段として,例えば電子温度センサー20が,前記溶剤に非接地の状態で設けられている。尚,電子温度センサー20は容器5内に接地することも可能である。」
そこで、この「近傍」という文言の明確性(特許法第36条第6項第2号)が争われました。
まず、無効審判において、特許庁は以下のように判断しました。
「本件訂正発明2の『容器の上端部の近傍』について、『容器の上端部』の近くのうち『検知手段』が『容器に収納された溶剤等の温度』を検知できる範囲の距離までを指すと解釈し、『近傍』の範囲が数値等により具体的に定められていないからといって直ちに不明確であるとまではいえない。」
このように、特許庁は本件で用いられている「近傍」という文言は不明確ではないと判断しました。そして、審決取消訴訟において、裁判所は以下のように判示しています。
「真空状態における溶剤等の攪拌・脱泡作業によって,溶剤の温度の上昇,溶剤に内在する気泡の膨張等が生じ,溶剤が容器より噴出したり溢れ出したりすることを防ぐことを技術課題とするものであるところ,本件訂正発明2における温度の検知手段は,この課題を解決する観点から,容器の温度を測定するために設けられた手段であり,容器内の溶剤等の温度を測定できる位置に設置すれば,その役割を果たすことができるものと認められる。そして,本件訂正発明2では,その設置位置として「容器の上端部の近傍」と特定されているところ,近傍という言葉自体は,「近所,近辺」(岩波書店刊,広辞苑第6版)と一般に理解されており,また,多数の特許請求の範囲の記載で使用されている技術的用語であること(乙5の1及び2)を考慮すると,「近傍」の範囲を更に数値により限定して具体的に特定しなければ,本件訂正発明2発明が有する上記技術的意義との関係において,課題を達成するための構成が不明瞭となるものではない。
したがって,・・・「容器の上端部の近傍」について,当業者・・・は,「容器の上端部」の「近辺」と認識し,かつ,「検知手段」が「容器に収納された溶剤等の温度」を検知できる範囲を指示するものと理解することができるから,これと同旨の審決の上記判断に誤りはなく,原告の上記主張を採用することはできない。」(下線は当方で記載)
裁判所の判断を要約すると以下の通りです。
(1) 本件における検出手段は容器の温度を測定するために設けられた手段であり、容器内の溶剤等の温度を測定できる位置に設置すれば、その役割を果たすことが認められる。
(2) 「近傍」という文言自体は、多数の特許出願の請求の範囲で用いられており、技術的用語と認められるため、さらに数値を限定しなければ課題を達成する手段として不明確になるものではない。
以上より、「容器の上端部の近傍」について,当業者であれば、「容器の上端部」の「近辺」と認識し,かつ,「検知手段」が「容器に収納された溶剤等の温度」を検知できる範囲を指示するものと理解することができるため、「近傍」という文言は不明確ではないと判断しています。
本件では、温度を測定する検出手段の位置を表す文言として、「近傍」が用いられていますが、その目的からすると、検出手段の位置はおおよそ理解でき、さらに「近傍」という文言自体は特許に用いられる用語としては技術的用語と解釈されることから、「近傍」という文言は不明確ではない判断しています。本件については、温度を検出する手段というおおよその位置が予測できるものを対象として「近傍」という文言が用いられていますので、その定義が明細書に全く記載されていなくても不明確ではないと判断されたと考えられます。しかし、そのような予測ができないような構成の位置関係が問題になった場合には、明細書に定義がないと不明確と判断される可能性が高いと思われます。このような争いを生じさせないためには、できるだけ明細書中に請求項の文言の定義を記載しておく必要があります。
立花顕治
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